世の中には若くしてその才能を開花させ、様々な分野で輝かしい偉業を達成する人もいます。

あるいは、目立たず騒がず、コツコツと為すべきことを日々こなし、その長年の蓄積が花開き、晩節に栄誉を受ける人もいます。

 

いずれにしても、自分と自分の選んだ道を信じ続け努力し続けた結果であり、特別な天才だからといった理由だけでは偉業は達成できないでしょう。

自分と自分の選んだ道を信じ続ける才能といいますか。多くの人はまずこの部分で挫折するのではないでしょうか。

自らを信じ抜くことができず、大ケガになる前に早めに見切りをつけて、次に向かう。

大抵の人はこのサイクルをぐるぐる回しているような感じでしょう。

 

かく言う私もその大抵の人の中の一人で、時に自分の忍耐力のなさ、自分を信じ抜く才能のなさにうんざりします。

それなりに優秀な学生時代を経て(紆余曲折ありましたが)そこそこの規模の上場企業に就職し、それなりのスピードで昇進していきました。

ですが、何となく日々の業務をこなしていくうちに解ってきます。

ああ今の会社は、技術力的にも管理能力的にも大したことないなと。

企業規模も中途半端ですし、技術力もあれこれ手を出しすぎて分散してしまっていました。

広く浅くというやつですね。

 

そんな企業の中間管理職ですから、私自身もすごく中途半端な存在だと感じていました。

技術力もそこそこ、管理者としての能力もそこそこ。

管理職として様々な企業と取り引き上の付き合いで話しをしても、いかに自分の会社と自分という存在が、中途半端なものかを気付かされる日々でした。

ビジネスでは中途半端なものが真っ先に淘汰されます。いくらでも代替が効くからです。

 

そんな自分に絶望し、自ら事業を立ち上げようと心に決め、2年ほどの準備期間の後に独立しました。

今思えば、なんとも稚拙な事業計画だったなと恥ずかしくなるほどですが(笑)

 

独立後は当然、仕事を得るのに四苦八苦し、がむしゃらに仕事をとりに行っては玉砕する日々でした。

営業先にボロクソに言われる事も結構ありました。

その時感じたのは、いかに自分がそれなりの規模のぬるい会社で、初めから仕事ありきで仕事をしていたのかという事です。

現場の管理職程度では、いかにお客様から仕事を継続して受注するのが大変なことなのかが全くイメージできてないんですよね。

だからちょっと仕事量が減ったりすると、営業は何やってるんだみたいな軽々しい言葉が出てくるんですよ。

工場は受注量の変動が大きいと人工数の調整に四苦八苦するので。

まあ本当にその頃は受注一つ取ってくるのがどれだけ大変か、全然解ってなかったなと、独立して自分で仕事を取りに行って嫌という程おもいしらされました。

 

結局、独立して立ち上げた事業は軌道に乗ることはなく、廃業という形となりました。

最後の方は、はなから諦めつつ営業に回っていたような感じでした。

すごく絶望感というか虚脱感を味わう日々でしたね。

本当に自分は何も成し遂げられない男だなと。悔しいとかの次元を超えて、笑うしかないといった感じで、情けなさの極みでした。

 

それから紆余曲折を経て、現在の会社に就職する事になったのですが、管理職として3年・独立して2年の合計5年、現場作業から離れていたので、腕がなまりまくりで困ってます(笑)

まあプレイングマネージャー的立場なので、管理者としての経験も多少は活かせてはいるのですが。

いつまでも失敗した自分を引きずる訳にもいかないので、新たなスタートとして気持ちを切り替えて前向きに仕事はこなせています。

泥沼の独立時代2年間の負の経験も、これからに活かす事によって、あの2年間に意味を持たせたいという気持ちで頑張っていきますよ。

 

 

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